経営・解体新書 第四回は、機械学習領域の最先端を行く人工知能技術を用いたカスタムソリューションを提供する株式会社Laboro.AI 代表取締役CEO 椎橋 徹夫様とTRAILオペレーション・ディレクター河井 稔夫が対談し、AIの現在と可能性、経営・事業への思いについてお聞きしました。
そのビジネスの「真価」を強くする。
■ カスタムAIこそが、ビジネスを強くし、「コアを変革する」
河井 本日はよろしくお願いいたします。はじめに、椎橋様から貴社の会社概要及び創業に至ったきっかけや背景についてお聞かせください。
椎橋 株式会社Laboro.AI(※以下Laboro)は、いわゆる「AI」の会社です。AIはいろいろな解釈のされ方がされ、最近は多くの分野で「AI」という単語を見聞きしますが、当社は広く「AI」と言われる中でも、特に技術領域でブレイクスルーが起きている機械学習、その中でも更に非連続な進展が起きているディープラーニングの領域を扱っています。
元々、ディープラーニングが出てきたのは画像認識の世界です。ある対象が猫なのか、犬なのか、それを見分けるのは人間からするとすごく簡単なことですが、ソフトウェアや機械で同じ結果を得るのは、今まではとても難しいのが実際でした。これまでAIは、人間であれば3歳児ができるレベルにすら辿り着けなかった歴史があります。AIの研究分野で名高い国際的なコンペティションでは、その精度を一年に0.5%ずつ向上させるのがやっとの状況でした。ですが2012年、ある技術の登場によって、一気に10%もの精度が上がるという、歴史を揺るがす大事件が起きました。この技術こそが、ディープランニングだったのです。この大発見以降、ソフトウェアや IT 技術ではできなかったことの実現性が高まり、昨今の注目へとつながっています。
機械学習が切り開いたディープラーニングのイノベーションは第4次産業革命と呼ばれています。今まさに技術のブレイクスルーが起こっており、今後、大きく世の中を変えていくはずです。私たちLaboroは、今後10年、20年かけてイノベーションが具体化していく領域のメインストリームに身を置き、業界を牽引していく存在になることを目指ししています。
現在我々はこの領域の中で、様々な業界の企業向けに機械学習のカスタムソリューション、カスタムソフトウェアを提供しています。
Laboroのビジネスコアは、機械学習、ディープラーニング領域の中で、様々な業界や企業向けにカスタムソリューション、カスタムソフトウェアを提供することです。この「カスタム」については、こだわりのポイントがあります。最近AIを活用して、バックオフィスを効率化するとか、間接業務を省略するという話をよく耳にしますが、先ほど申し上げたように10年、20年かけて機械学習の技術が世の中を変えていくことを考えたとき、イノベーションとは、単にバックオフィス業務が効率化するといった小さな変化ではなく、各業界のコアなプロセスやバリューチェーン、ビジネスモデルが根幹から変わることではないかと思っています。間接業務ではなく直接業務、つまり企業の競争力に関わる核心部分に機械学習の技術を取り入れ、企業の競争力を高めていくこと、「コアを変革する」ことこそが、Laboroがフォーカスを当てているところです。
「コア」とは、例えば製造業で言えば、製造プロセスそのものに他なりません。ビジネスコアには、企業の競争力や他社との差別化のポイントが多く眠っています。こうしたビジネスにおける重要なポイントにおいては、競合他社でも利用できるような汎用的なソリューションやパッケージをそのまま導入するのではなく、個々の差別性をきちんと見極め、競争力をさらに高められるように技術を活用していく必要があります。
多くの技術系スタートアップ企業は、「プロダクトを汎用化して売っていこう」と考えがちですが、私たちは違います。企業や業界のコアな部分を変えていくためには、企業ごとにカスタムメイドすることが必要です。「コアを変革する」ことにこだわりを持つのが、私たちLaboroなのです。
■ 「つなぐ」DNA。技術優先の視点から、技術と企業を繋げるソリューションの提供へ
椎橋 さらに、もうひとつ私たちの特徴として挙げさせていただきたいのが、「つなぐ」ということです。一般的に技術系スタートアップ企業は、技術者主導でソリューションをつくるところにフォーカスを置きがちで、シーズからベネフィットを産み出そうとする傾向があります。もちろん、技術そのものも重要であることは間違いありません。ですが、何よりも意識すべきことは、技術を企業に合わせた形でしっかりとつなぎ、その技術によって、ビジネスに新しい価値がもたらされることです。
技術革新が起こるいつの時代にも言えることですが、AIが様々な産業でイノベーションを起こすほどの力を発揮するためには、技術と企業のビジネスが最適な状態で噛み合っている必要があります。
AIとビジネスを「つなぐ」。それが、私たちLaboroの大きな役割です。
個人的な事で申し訳ないのですが、私自身、元々学生の時は物理と数学を研究していて、アカデミアを志向していました。物質や中身がどうなっているかといった物性物理を研究していたのですが、ただ本当は、社会や経済、世の中のダイナミックなシステムを物理や数学を使って解き明かしていきたいと考えていました。そのため、色々と考えた結果、一度社会に出ることを決意し、中でも、実世界の問題を分析的に解決するというところに惹かれ、コンサルティングファームへ入社しました。
コンサルティングファームでは、データ解析やサイエンスとビジネスが融合するヘルスケア領域を担当していました。そして5年ほど前にコンサルティングファームを退職し、国内でも著名なAI研究者として知られる東京大学の松尾豊 特任准教授の研究室で、産学連携の仕組み作りや、関連のベンチャー企業への参画などに携わりました。ビジネス・コンサルティングからもう一段アカデミアに近いところへと、また、技術に近いところからビジネスに関わる分野を経験し、2016年に当社Laboro.AIを立ち上げました。
当時は自分の中でも整理されていなかったのですが、いま振り返ってみると、やはり技術とビジネスを「つなぐ」ということが、Laboro.AIを創業した一番の根幹にあるのかなと思います。
創業メンバーであり、共同代表のCTO藤原は、国立開発研究法人 産業技術総合研究所(産総研)という研究機関出身で、機械学習の研究者を経て、同じコンサルティングファームに入社するという、珍しい経歴の持ち主でした。松尾研究室での活動も共にし、アカデミア出身の藤原ですが、彼とはビジネスを「つなぐ」ことに一緒に取り組んできました。
そして、昨年11月に当社に参画したCFO松藤は、前職ではベンチャー投資分野を専門とし、アカデミアの技術にコアをおいたスタートアップ企業の支援を行ってきた他、それ以前は、プライベート・エクイティ・ファンドで大企業とのつなぎ役を担ってきた人間です。産業、ビジネス、アカデミア、経営陣の3人ともが、それぞれの視点で「つなぐ」ことに関わってきました。
他にも、事業会社でデータ活用やデジタルイノベーションを担当したメンバーや、エンジニアとして企業への製品導入経験を持つメンバーなどがLaboroに所属しています。皆、何かしらの「つなぐ」経験を経てきたメンバーで、言い変えてみれば、「つなぐ」ことがLaboroのDNAだと思っています。
■ 技術と産業の応用を踏まえた設計のチカラがイノベーションを起こす
河井 競合各社含めセキュリティー領域やRPAに特化し汎用的なプロダクトを作っている企業とは一線を画する事業をしているということですね。
椎橋 そうですね、AIの領域ですと、いくつかのタイプのプレーヤーがいると思います。
一つ目が領域特化型です。例えば音声認識に特化していますとか、画像でも医療画像に特化していますといった領域特化型の企業です。このような企業は技術も含め、その領域のデータを集めることで競争力をつけていくところが多いです。我々は、ひとつの領域にフォーカスしてデータも含めて強みをつくるというよりは、基本的には既存産業の企業が新しい機械学習の技術を取り入れて、大きく業界を変えていくことを一緒にやっていくというスタンスです。各企業が持っているデータや資産、産業アセットを使い、機械学習と組み合わせてイノベーションを興していくというやり方なので、我々は彼らと違っています。
もう一つが、データ解析の出自で総合的、受託的にモノを作る企業があります。これらの企業のビジネス内容やビジネスの作り方は当社と比較的似ていると思いますが、我々ほど明確に「コアなプロセスを変えていく」ところを志向しているプレーヤーはいないと思います。
河井 今伺ったAI企業は、どちらかというと周辺業務において今まで紙や人の頭の中にだけある分散した情報を収集し、利用につなげていくケースが多いように感じますが、如何でしょうか。
椎橋 そうですね。例えば、製造業だと製造ラインについてもスコープには入っていると思うのですが、明確にコアということを志向していないと思います。そのため総合系プレーヤーもなるべく汎用的なモノをつくろうとはしている気がしています。でもそこに行ききれなくて、仕方なく受託案件でやっているという印象を受けます。我々は、やはり「コアを変える」ということがベースです。そして「つなぎ」ということがポイントで、実際にそこに軸足を置いているプレーヤーはあまりいないと思います。一部のAI企業はエンジニア・技術者の会社を志向していますし、そうなろうとしています。
我々が志向していること、ユニークネスとして立てていきたいところは、「あくまで機械学習の技術を使って企業や業界のコアをかえていくことを、一緒にやること」です。
つまり、これをAIで解いてくださいというものを受け取り、その問題解決だけをするのではなく、むしろ何をAIで解くべきなのかを一緒に考えるところからスタートし、実際にそれを解くようなモノを作っていく。それが我々の提供する価値だと思っています。
河井 まさにAIを使いたい側にとって、そこが問題というか課題なのではないでしょうか。多くの方がAIのプロダクトがあるから使うといっても、AIで何をしたいのかイメージが浮かばないのだと思います。それについて、実感されることはありますか。
椎橋 まさに、そう思いますね。我々が持っている信念として、「イノベーションが世の中で起こっていく時に、一番重要で一番足りていないものが、技術と産業応用の両方をわかっていて、どう使っていくべきか、何を変えていくべきかを設計するチカラ」であると思っています。そして我々は、そこにフォーカスを置いています。
特に最近そのニーズが顕在化してきており、フェーズによって少しずつ変わっていくと思いますが、今はAIを活用しようという動きが世の中に相当広がっている一方で、具体的には何に、どう使うのかというところが、まだ追いついていないと思います。
だからこそ、フェーズ的にも我々のコアな強みが一番求められるようなマーケットのフェーズになっていると感じます。
河井 汎用プロダクトよりも御社のようなカスタムAIアプローチの方に競争力があり、生き残っていくということでしょうか。
椎橋 最終的には技術領域や市場が成熟してくるとコモディティ化された商品が普及していくと考えています。コアの変革においても、それを実現しうるような汎用的なプロダクトが世の中に生まれている状態になっていくのではないかと思います。ただ、少なくともそこに行きつくまでの間は、個々の企業、業界の人と深く取り組みをせずに、今のフェーズからいきなり汎用的なプロダクトが生まれることはないと思います。深く取り組み、一緒にコアを変えるということを志向する我々みたいなプレーヤーが、少なくとも今後数年のフェーズにおいては、一番重要になるのではないかと、我々は考えています。
AIのプロダクトを提供する企業にとってはAI技術だけわかっていても、本当にその産業で使えるモノをつくるのはかなり難しい。製造業であっても半導体メーカーやゼネコンとでは全く違い、彼らと話をすると業界のすごく深いところ、業界の外にいたら全然わからないような専門的な話や考え方があり、それらと機械学習の技術が触れて、初めてその業界で使えるモノができる。そのようなクライアント企業様との深い議論の中で、発見する事がとても多く、そういう観点でもAI技術だけをもって外から使えるモノをつくることはとても難しいです。
一方で企業側からすると、機械学習の技術は新しいものであり、そもそも何に使えるかわからない、どう作っていいか、どう使っていいかわからないという状態だと思います。そこが埋まらないとイノベーションどころではないなと感じています。
■ 「つなぎ」が産み出すビジネスのカタチ
河井 以前PKSHA Technologyにいらして、そこを出て御社を立ち上げた理由は、お話しに伺った「コアを変革する」や「つなぎ」という思いが当時からあったからなのでしょうか。
椎橋 当時は、そこまで明確に言語化できていませんでした。PKSHAである程度フェーズが進み、組織もでき、方向性もビジネスモデルも出来上がってきてという段階で、自分が目指す方向性やビジョン、何が最も重要なのかという点がPKSHA自体の方向性とギャップがあるように感じたことが発端ではあります。しかし、アーリーなフェーズではそんなに明確な説明はできませんでしたが、とにかく立上げました。でもLaboroを立上げ、これまで2年半ほどを振り返ってみると、やはり「つなぎ」というところの大切さ、そこへのフォーカスとその力を使って業界の「コアを変えていく」というところの目的観だったのだという感じです。
河井 「つなぎ」という言葉、とてもいい言葉だと思います。AIというデジタルの先端技術を標榜されている一方、人間同士のつながりを大切にするという良い意味でアナログ的な要素が残っているビジネスだと感じます。
椎橋 マーケティングでは、業界やファンクション、企業規模など、色々な考え方でターゲティングやセグメンテーションすることが普通ですが、最近思うのは、当社の顧客は業界の中のイノベーターとか業界の中のビジョナリー、要はその業界の中で新しいことをやりたいって思っているような人達だと感じています。そうした場合のターゲティング方法はどういうものなのかを考えていくと、極めてソフトで人的なところ、デジタルのように0→1でターゲティングできないのですが、でもいろいろやっていくと、そういう中で業界を変えていこうとしている人がいて、企業規模や業界・職種に関わらず組むとすごくいい仕事ができると感じています。
河井 業界の中から変えたい人達は、経営層の方なのでしょうか。それとも実務レベルでしょうか。
椎橋 経営レイヤーにもいらっしゃいますし、我々がプロジェクトで深くやるのは、もう一段実務のリーダーレベルの方々で、そのレイヤーの方は地に足のついた現状が分かりつつ、本当に新しいことをやっていこうという方が多くいらっしゃいます。
河井 御社へのお仕事の依頼は企業側からアプローチが来る場合と、紹介含めこちらからのアプローチのどちらが多いのでしょうか。
椎橋 現状は紹介をいただくことが割と多い状況です。あとは展示会への出展、WEBマーケティングやセミナーを通じたマーケティング活動には力を入れつつあります。とにかくニーズをもっている人達、まさに業界のイノベーターの方に知っていただき、お問い合わせいただく構図をつくることが、とても重要ではないかと思い努力しています。そして、お声掛けいただいたら、ニーズをヒアリングしに訪問するということですね。
河井 そういう場合、先方もニーズはあるものの、ぼやけているというか。何をすればいいのかみたいなところからスタートすることになるのでしょうか。
椎橋 そうですね。特に我々もマーケティング含め発信する内容として、我々の価値でもある、「コアを変えるためには、つなぎが重要で、それには最初のまだフワッとした状態から一緒に考えていきます」ということを積極的に発信しています。最初は気軽に問い合わせてもいいのだと思っていただければと考えています。
また、結構AIのベンダー選定を手伝ったりすることもあります。AIが絡みうる領域で、初めはアドバイザリー・コンサルティング的に携わり、全体を見ていくことを通じて、「ここはそれほどコアなところではないので、汎用ソリューションでもいいよね」、というのを切り分けるといったことは出てきます。「では、そこはどこのソリューションを使えばいいのかを一緒に整理しましょう」といった事例もあります。
河井 顧客からの情報収集とソリューションに対する目利きを踏まえた「つなぎ」が本当に重要になりますね。恐らく、クライアントもどんどん拡大されているのかなと思います。そうすると、つなぐためにも技術者が必要になってくるかと思います。最先端の分野であり、技術者が不足しているとの話も耳にしますが、人材に関してはどのようにマネジメントをされていますか。
椎橋 そうですね。今まさにチャレンジとして取り組んでいるところです。やはり、すごくニーズは増えているので、そこにちゃんと対応できるケイパビリティを作り続けていくことは重要だと思います。まずは優秀なタレントの採用ですが、あまりウルトラCはなく、愚直にやっていくということだと考えています。今、AI業界、特に欧米や中国では新卒で3000万円のようにお金で取り合いになったりしていますが、そこをやりだしたら切りがないし、サスティナブルじゃない。考え方として意識しているのは、「つなぎ」だとか、「コア」という我々が志向している価値をできるだけクリスタライズし、きちんとビジョンとして持っていくこと、それが優秀なタレントを惹きつけるために重要になると思います。あとは具体的に、ビジョンやどこを志向しているのかを示す魅力的なプロジェクトがあることが重要です。目指す大きなビジョンとそれを体現している魅力、つまり、すごく業界を変えうるとか、大きな価値につながりうる重要なテーマのプロジェクトをやっていること、そこに関わりたいと思う人を惹きつけ採用していくという思いがあります。
河井 金銭報酬よりも自己実現の手段として、ビジョンを共有できる人達というのがいいですね。
椎橋 そうですね。そういうことを本当に志向している人達が集まることが、強い組織をつくるということだと思います。バックグラウンドや専門領域は多様な方がいいと思いますが、DNAのようなコアな価値観が合う人を惹きつけていきたいと思います。
■ 「加工貿易2.0」技術知識の商社
河井 御社の将来ビジョンや方向性についてお聞きできればと思います。例えば、3年後に目指す姿、上場、海外展開などについていかがでしょう。
椎橋 現在プロジェクトベースで各業界・企業と様々なプロジェクトをやっていますが、あくまで我々が目指すところは機械学習の技術を使って「コアを変える」、そのための「つなぎ」というところを極めていくことです。今後、10~20年続いていくだろう「AIのイノベーションを我々が牽引していく存在になっていく」ことです。それを進めていくビジネスのカタチとして、今やっているのが1階立て部分。
そして、これはまだ社内議論中ですが、2階立てをつくっていく方向性を3つ議論しています。
一つ目は、「コアを変える」について。個々の企業の強みを活かすカタチでもう一段プロダクト化を進めたいと思っています。過去、IT技術が生まれ、最終的にプロダクトとしてPCという形になって世の中に普及していったように、コアや差別性のあるカスタムだけれども、汎用性のあるプロダクト化という筋が見つけられないかなと思っています。我々は同じ仕組みでカスタマイズされたものを企業ごとに作れるようなカタチをつくる。これはひとつのプロダクト化のカタチだと思います。
二つ目に、既存の業界の方々ともう一段深いアライアンスや連携をしながら、スケールの大きな事業にしていくような事ができないかと考えています。我々は機械学習の技術を提供し、企業側は既存の産業アセットや彼らの資産を提供する。それらを組み合わせて、業界を刷新するような新しい事業を創っていき、価値を生み、ビジネスにしていくという方向性が二つ目です。
三つ目は海外です。経営陣3人ともアスピレーションとして持っています。日本はAIの産業実装という点において、非常に適したマーケットじゃないかなと考えています。これから労働力が減少していく。そもそも人口が減っていくので労働力も減りますが、人口減少以上に労働人口が減っていく。でも、移民の受け入れも容易ではなく、言語等の壁で海外へのアウトソースもできないため、労働力が枯渇していきます。
失業率が高い欧米よりも労働自体を機械化していく。労働というコアな競争力をつくるところのプロセスを人と機械で一緒にやる。労働のやり方を変えていくことへの追い風はすごくあると思います。また、製造業や建設業などリアルなモノと絡むところで大きな価値が生まれます。ものづくりに強い日本というのは、いいマーケットなのだと思います。
また、少し視点が違いますが、日本は技術者においてもガラパゴスの様になっていて、これが逆に功を奏していて中国や欧米に比べ、優秀な人材がそれほど変に高騰していない。コストではちゃんとリーチできる。いろいろ考えると地の利を活かせる気がしています。
一方で機械学習やディープラーニングの基礎研究などはグローバルで非常に進んでおり、日本が強みをもっているわけでもなく、随分と遅れをとっています。しかし、産業に実装するという所においては、結構向いているマーケットなのではないかと思います。
グローバルから最先端のアカデミックな技術のアウトプット・知見を輸入し、日本のマーケットで日本の産業に対して入れ込み、そして新しい機械学習技術を使い、アップデートされた企業や産業のカタチ。そして日本で実証されたモデル自体を海外に出していくみたいなことができるのではと考えています。新しいタイプの加工貿易、まさに「加工貿易2.0」みたいなものかもしれません。モノの加工貿易ではなく、知識の加工貿易であり、世界中から技術知識を輸入して、これを産業価値に転換し、その転換するカタチというのを海外に輸出していく、そのようなことが日本で出来たら理想的で面白いと考えています。
河井 「加工貿易2.0」確かに面白そうだなと思います。昔は人がすべてやっていたけれど、次は知識をいかに使うかですよね。
椎橋 「つなぎ」というところと昔の加工貿易のアナロジーでいうと技術知識の「商社」としての位置付け、存在に近くなるかもしれない。そのような方向性を志向しています。
ただ、1つだけこの「つなぎ」と言いすぎることで技術に対する重きが薄れているように聞こえてしまう懸念があります。「つないで産み出す」の産み出すというところも重要です。やはり技術者が集まり新しいモノをつくること、これがイノベーションをドライブしていくことになるので、「つないで」、ちゃんと「産み出す」、この両者に重きを置いています。今は産み出すことを他社含めみんな結構考えています。ただ産み出すためにも、「つなぎ」を制することが重要で、「つなぎ」を制すると「産み出す」ことも制することができる、それができると「イノベーション」を制すると思っており、「つなぎ、つなぎ」と言っています。
河井 例えると「つなぐ」がまず営業ルートをつくり、その上でプロダクトを発信していくことで、拡がっていく。一方で「産み出す」ことが先にあると、ものを売り出す時にどこに売り出したらいいかわからない、ルートがないと売れない、拡がっていかないということになるということですかね。
椎橋 非常にいいご指摘です。その話が半分で、もう半分はつながっているからこそ、ものが産み出せる要素があるのだと考えています。営業はこちら側からデリバーするルートですが、逆につながっているからこそニーズのセンシングが正しくでき、故にものがつくれるということだと考えています。
■ これからのAIの可能性
河井 これまでお伺いした話でAIをどう活用していくか、それをどうビジネスにしていくかについて、非常に分かり易くしっくりきました。一方、これまで個人的にAIについて書籍等で少しばかりかじっていますが、結局AIは何がどこまでできるのかというのが、やはり曖昧になっています。
椎橋 AIは何が出来るのかという点について、AIとITの違いから説明します。当社ではAIで出来ることを「認識と予測」としています。この物を「認識」したり、「予測」することが、今までのITではできなくて、AIを使うとできるようになる。また、今までのITは人がプログラム処理やルールを書くと、正確に早く対応できる。一方で、AIはプログラムを書けなくても「こういうものを見るとこういう結果をだします」というINとOUTが紐づいた大量のデータがあり、これまで人がプログラムで書いていた処理フローを機械が自分で見つけることができます。従来のITがプログラムとしてつくられ、演繹的であるのに対して、AIはデータから学んで処理する帰納的なものです。
つまり、ロジカルな思考で処理できるものは今までのITで対応できますが、一方でAIは直観的な処理や職人的な「できるけど説明ができない処理」というのを機械で出来るようになったという感じです。認識と予測の最たるもので、例えば「これは犬です。これは猫です。」というのはなぜ?ということを説明するのは結構困るじゃないですか。
なぜそう思った?と言われても、いろんな要素を統合的に考えているので説明が難しいんです。
河井 人間はそこを無意識にやっているので、言語化できないということが一番の課題ですね。
椎橋 実はAIの市場規模は、今までのIT市場の10倍くらいあるのかも知れないと考えています。というのも、よく言われている人間の意識構造として、顕在意識は10%だけの氷山の一角であり、その下の潜在意識は90%だと言われますが、人間の脳が処理していることだけを考えても言葉に落とせるのはやはり10%だけであるとすると、今までのITができていたことはその10%であり、機械学習技術を使うと、もしかしたらその10倍くらいのことができるかもしれない。現在、どこもかしこもソフトウェアやデジタルとなっているように感じますが、それらの10倍くらいできることがあるとなると相当大きな産業インパクトだと思います。
河井 演繹、帰納という考え方で認識すると、今までのITシステムとAIというものをきちんと区別しないといけないですね。これまでのシステムは結局人間が判断できるもの以外は出来ない。一方でデータから自ら判断を下すことができるものがAIということ。また「認識」と「予測」とおっしゃっていますが、それ以外、例えば新しいモノを生み出すという、シンギュラリティの話のような可能性はあるのでしょうか。
椎橋 そうですね。「認識」、「予測」の先に「生成」があると考えています。あと「最適化」や「制御」ですね。クリエーションは「生成」と「最適化」だと思っています。生成してそれを見て、また少し変えて生成するということです。アートの世界に関連して、写真をゴッホ風に変換するアプリが出ています。これはAIがゴッホの画風を学んで、写真をゴッホ風に変換しており、「生成」と「最適化」をしているものです。この先、クリエイティブなものをAIが創っていくということはあると考えています。
河井 小説を書くAIもあると聞いたことがありますね。
椎橋 そうですね。ただ、小説は長いので高度な抽象化能力が必要となります。そもそもいいポエムかどうかの判断は難しいですが、今は短いポエムだと割とワークします。一方で長編小説をきちんと書くとなると、まだ先の話になります。ただ、現在の帰納的なシステムという意味においては、その範疇で実現されていくのではないかなと思います。
河井 まさに「認識・予測・生成・最適化」というのが、新しい事業に繋がっていくのですね。
AIについての理解も深まりました。本日は丁寧にお話いただき、ありがとうございました。